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静岡地方裁判所 昭和35年(わ)50号 判決 1960年9月10日

被告人 政岡篤夫

昭一四・四・一三生 工員

主文

被告人を死刑に処する。

理由

(被告人の経歴及び生活環境)

被告人は岡山県津山市において、馬車曳きをしていた父浅吉、母すわの二男として出生したが、四才の頃母と死別し、続いて父も召集されたため、同市内に居住する親戚を転々として養育され、昭和二十五年小学四年の頃父浅吉がシベリヤから復員してより、再び父及び間もなく父の迎えた後妻ふみ子並に兄正一、姉すま子と共に暮らすようになつたものの、父はマラリヤや胸を患い、被告人ら継子に冷淡であつた後妻ふみ子とも離婚した後、昭和二十八年一月二十六日頃死亡し、その頃中学一年を中途退学した被告人は暫らく兄正一に養われていたが、両親の愛情の下に生活することの少かつた環境から、盗みを覚え、昭和二十九年五月十日及び昭和三十一年三月十五日各窃盗罪により再度に亘り中等少年院送致の決定を受け、昭和三十二年五月十四日頃姉すま子の夫で清水市三保三千百九十七番地に居住する新見政喜に引取られて相模原少年院を退院した。

その後間もなく同市三保羽衣千六百六十七番地平田軍次郎方に下宿して、三保造船、金指造船等の下請業者に雇われ組立工として真面目に働いていたが、その間右平田の妻静江の妹で三保劇場に勤めていた山下和美と知合い、一時交際したことがあり、同女との交際の間に当時右三保劇場切符売場に勤め、同市〇〇二千百十二番地に居住するA(昭和七年三月五日生)の顔をも見知る機会があつた。

そのうち昭和三十三年五月二十九日姉すま子等の仲介で、清水市三保一区二千百二十二番地桜田美代方借家に居住する星野利春の事実上の養子となり、その娘登喜子と事実上の婚姻をし、養父及び妻と共に暮らすようになり、昭和三十四年三月十六日入籍手続をすませ、同年八月十四日長男政義をもうけた。ところが、昭和三十四年に入つての頃より、養父が病後であるのに酒を飲んだ上、叱言をいつたりするのに反撥を感じ、その不満を紛らす気持も手伝つて次第に酒を好むようになり、飲酒すると些細なことから養父や妻に対し暴力を振うこともあつて、益々養父との折合が悪くなり、同年九月末頃には飲酒の上養父が叱言をいつたことに憤慨して、殺してしまうといいながら、養父の胸に出刃庖丁を擬する等のことがあつて、同年十月初め頃養父と一時別居したものの、右星野方の親戚等から養父との別居に反対され、遂に妻子に未練を残したまま、同月十三日頃事実上の離縁及び離婚をし、登喜子は長男政義を引取つて父の許に帰り、被告人は同郷の政岡近夫、竹本武夫の下宿先である清水市三保二区三千百六十二番地の一藤浪徳次郎方に移り住んだ。

併し被告人は右事実上の離婚後も妻子に対する愛着を絶ら得ず、屡々右星野方に赴き、登喜子に対し復縁と肉体関係を迫つたのであるが、同女は肉体関係については時折要求に応じたものの、復縁の要求に対してはその意思を明確に表示せず、むしろ父と一緒に暮らすのでなければ、即座に復縁に応ずることは出来ないという態度で、次第に被告人を避けるようになつたので、被告人としては性的欲求も手伝い、その度に焦慮と失意を味はうと共に益々粗暴となり、同年十一月中旬には、登喜子との仲を邪推して友人山本博を殴打したり、登喜子が復縁に応じないといつて同女及び利春を殴打し、或いは同女に対し殺してしまう旨記載した手紙を出したりしたため、同女は畏怖の余り親戚に身をかくしたこともあり、一方被告人は衣類を入質までして連夜の如く外出して飲酒し、自棄的な生活を送つていたものである。

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、昭和三十四年十一月二十七日稼働先の金指造船所永石組から午後四時半頃帰宅し、夕食入浴をすませ、午後七時頃同宿の政岡近夫のビニール製「サイズ8」サンダルを履き、月賦で購入した原動機付自転車に乗つて、当時清水市三保村松南二百五十三番地に転居していた前記星野登喜子方を訪れ、同女に対し又もや復縁と肉体関係を求めたが、同女からは今すぐに復縁には応じ難いという態度を示され、性的欲求も満されないまま、失意のうちに午後十時頃帰途につき、途中同市駒越バス停留所前の酒店で焼酎二合を飲んだ上、一旦帰宅したものの、空腹を感じたため、そばでも食べようと考え、前記サンダルを履いたまま再び徒歩で外出し、県道清水三保線から三保燈台方面に入る市道本村八号線(通称燈台通り)に出て、その入口附近に所在する石野商店に向う途中、午後十時三十分頃清水市三保三千二百十一番地徳田屋酒店前路上において、折柄三保燈台附近の自宅に帰宅すべく燈台方向に向け歩行中の前記Aを認めるや、俄に劣情を催し、同女を強姦しようと決意し、同女を呼び止め、先づかつて交際したことのある前記山下和美の所在を尋ねたところ、同女が知らないと答えると、俺も燈台の方へ行くから一緒に行こうといつて、同女と共に燈台方向に向い、無言のまま同所より約三百米歩行して、丸松青果市場前墓地附近の同市三保二千六十番地の三先の路上にさしかかつた際、矢庭に同女の背後から抱きつき、右手で同女の左腕を強く掴んで同所道路脇にある片山喜作所有の温室裏の空地に連れ込んだ上、手拳で同女の顔面を殴打し、仰向けに突き倒して馬乗りとなり、右手で同女の肩附近を押えつける等の暴行を加え、その反抗を抑圧し、強いて同女を姦淫し

第二、更に右犯行に引続き、同女が右暴行によりおそれおののき、殺さないでくれ、とか、帰してくれと哀願したのに対し、俺が送つてやるからといつて、同女の右腕を掴んで連行し、右温室の東側を通つて一旦燈台通りに出たが、同女に騒ぎ立てられ通行人等に発見されるのをおそれて、同女が道が違うというのもかまわず、右燈台通りを避けて人気の絶えた附近の農道に入り、引続き同女の右腕を引張りながら連行し、約百五十米北方に進んだところから右折し、右燈台通りとほぼ平行し稍北寄りに海岸に通ずる農道を海岸方向に向い、前記犯行の善後処置をあれこれ思いめぐらしながら約三百五十米進み、人家疎らな砂防林附近の路上に差しかかるや、同女とは顔見知りであり、このまま同女を帰宅させて前記犯行の発覚をみるよりは、むしろ同女を殺害して罪跡を隠滅し、ことのついでに同女から金員を強取するに如くはないと決意し、同所より左折して砂防林中の小道に同女を連れ込み、約九十米進んだ同市三保出来輪田二千二百三十八番地の松林内に連行し、同所において、もはや抵抗する気力も尽き果てた同女に対し、なおも、金を持つていたら出せと語気鋭く申し向けて脅迫し、その反抗を完全に抑圧して、同女の手提篭から現金五千円を強取した後、即時その場に同女を突き倒し、且つ土足のまま同女の左腹部を足蹴にし、肝臓左葉破裂の重傷を負わせた上、馬乗りとなり、両手でその頸部を強く扼し、よつて同女を窒息死させ、殺害の目的を遂げ

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示所為中強姦の点は刑法第百七十七条に、強盗殺人の点は同法第二百四十条後段に各該当し、以上は同法第四十五条前段の併合罪である。そこで判示強盗殺人の罪について前掲各証拠その他当裁判所において取調べた一切の証拠に照らし、選択すべき刑を考えてみるのに、本件強盗殺人の罪は夜間公道上を帰宅中の婦女に対しこれを強姦した後において、罪跡を隠滅するために殺害し且つ金員を強奪した凶悪犯罪である。即ち被告人は判示第一の犯行後、殺さないでくれ、とか、帰してくれと哀願する被害者Aを判示の如き経過で、約六百米もの間人気の絶えた夜道を無理矢理に連行して判示第二の犯行現場に至り、同所において、もはや抵抗する気力も尽き果てた同女から金員を強取した後、これを突き倒し、その左腹部を土足のまま足蹴にし、肝臓左葉破裂の重傷を負わせ、なおも同女に馬乗りとなつてその頸部を強く扼して窒息死に至らしめたものであつて、犯行の態様は凶暴、残忍を極めているといわざるを得ず、被害者に与えた精神的、肉体的苦痛は測り知れないものがある。

更に殺害の動機の点をみても何ら決定的な要因が存する訳でなく、むしろ、被告人は自己の欲望を満足させた後においては、被害者の人格には一顧だに与えず、単に顔見知りであつたところから、罪証隠滅を計り、殺害に及んだのであり、人命を軽視すること甚だしく、而も被告人は右犯行後被害者の首にかけられていたネツクレスを奪い取り、何らおそれるところなく、自らの首にかけ、或いは買つたと称して別れた妻に与えてしまつているのであつて、その態度は冷酷の極みであるといわねばならない。

一方被害者は平和な暮しを営んでいた婦女であつて、何ら責めらるべき点がないのに、たまたま街道上で被告人に認められた機会に、その性欲の犠牲となつて辱しめを受けたばかりか、前示の経過でその尊い一命を奪い去られる災厄に遭つたものであり、一夜にして自宅に程遠からぬ松林内に変り果てた姿となつて発見された同女に接した両親始め家族の悲しみや、犯人に対する憎しみの情も殊に深いものがあるのは当然であり、この事件が附近住民の人心に与えた影響も亦甚大であつて、被告人の罪責は真に重大であるといわねばならない。

もつとも、被告人は未だ二十一才四月余の若年であり、判示のように、両親の愛情に恵まれることの少ない不遇な家庭環境の下に成長し、且つ本件犯行の当時は婚姻生活に破綻を来して間もない頃であつて、被告人の身上にも同情すべき点がある。

併し、これらの事情その他被告人のため同情すべき一切の情状を考慮するもなお、本件強盗殺人の罪については、その罪責の重大性の故に、被告人に対し、死刑を以てその罪を償わせるの外はないと認むべきである。

よつて判示強盗殺人罪につき所定刑中死刑を選択処断すべく、同法第四十六条第一項により他の刑は科せず、訴訟費用は被告人が貧困のため納付することが出来ないことが明らかであるから刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用して、被告人に負担させない。

よつて主文のとおり判決する。

(矢部孝 藤野博雄 半谷恭一)

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